社会の窓

元気があれば何でもできる

最近言葉を投げてくる年若い異性がホストクラブのキャッチしかいない

初めてブログというものを自分で使い始めたのは小学5年生くらいの頃だった。楽天ブログである(今でもあるのか?)。当時既に学校から帰宅したら即オンゲという生活を送っていたものの、クラスには男女問わずそれなりに親しい友人がいて、彼らが自分のブログの購読者だった。

さて何を書いていたのかと言うと、今考えてみると本当にどうかしていたとしか思えないクソポエムとか、PS(決してPS2ではない)のゲームソフトの紹介記事だとか、そういうもうやめてくれと言いたくなるようなものばかりだったと思う。当時から10年ほど経過した今、恥ずかしさで世田谷に三軒は家が建つ。

 

そこからどんどん悲しみのオタクへと成長し、中学2年生くらいの頃には引っ越し先のブログで二次創作BLなどを書いていた。次の住処は天下のFC2。楽天ブログのデザインのダサさから解き放たれ、サイドメニューにMP3プレイヤーなんか置いてエルレの「虹」を流したり、痛さ絶好調なブログライフを送っていた。主な購読者はネット上の友達数名と三次元の友達約1名。広い世界を知らず「RAD最高!w」と言いながらスクールバッグにアニメグッズをつけていた、人生の暗黒時代である。オンゲのギルドのHPを一から作ったりしてたのもこの頃かな…いや、あれは小学生の頃だったかもしれない。もっとどうしようもねえな。

その後段々と自我が生まれ、よりデザインなどの自由度が高いjugemへ拠点を移す。大体2009年頃、その頃はまだアニメ化など夢のまた夢というジャンルだった時代の黒子のバスケの二次創作を書いていた(信じられるか、その当時はまだキセキが青峰までしか本誌に登場していなかったんだぜ…)。ブログライフの中で一番HTMLをいじってたのが多分この頃で、回り回ってその経験が今でも多少役に立っているので人生は本当に積み重ねですね。

 

そして高校生になり、毎日リア充のど真ん中で生活する日々を送ることになったので自然とブログを触る機会も減り、そうこうしているうちに世紀の発明が誕生する。Twitterである。

それでも当時はまだ個人ブログとかHPのサブ機能として使っている人がいるくらいで、今ほど普及はしていなかったと思うし、何より一般人はほとんどやっていなかったような気がする。この辺りはPixivの誕生と個人サイトの衰退とかとちょうど時期的に被っていると思うんだけど、この辺りでオタクはどんどん手軽なツールに流れていったんだと思う。この現象について考えるときは大体悲しい気持ちというか何だかなあという気持ちになります。キリ番とか好きだったな。ドキドキしながら好きなサークルさんにweb拍手送ったりとかね。これ分かる人いるのかな…。

 

自分自身がTwitter依存症なので現在の状況についてあーだこーだと言うことはできないのだが、ネットの普及で面白い動画とかかわいい画像とかバクモエのホモとかそういうものがどんどん消費されるものに変わっていって、そこにはもう明確な輪郭を持った「個」はないというか、見る側がそんなものを意識すらしていないようになった。ネットリテラシーとかそういう小難しい話は自分よりももっと上手に話せる人がいると思うのでそこら辺の倫理観に関する話は避けるが、何が言いたいかって言うと、やっぱり7〜8年前くらいまでの文化はそれはそれで良かったってことです。「それが」良かったじゃなくて、「それはそれで」良かった。その衰退してしまった選択肢自体が見えないもの、イレギュラーなものとして扱われがちなのは悲しい。

 

というわけで、そういう気持ちも相まって、今は某所で個人サイトとまではいかずとももう少しどうにか「個」に着目できないかなと考えながらとあるサービスを企画したりしています。考案したものが世に出るまでには本当にたくさんの人に助けてもらって、そうしてやっと少しずつですが人に見てもらえるようになって。まあ毎日社会人やめてえなと思ってはいるけど…。

 

以上、かなり回り道な近況報告でした。

そういえばタイトルについて、ここ数日はキャッチすら声掛けてこないようになった。

明日は発酵しかけのサングリアを持ってラバーガールの家に突撃するぞ。