社会の窓

元気があれば何でもできる

就職してノイローゼになった話

昨年12月、人生で初めて近所の精神科に行った。そこの先生が言うには「適応障害」でプチ鬱一歩手前、要するにノイローゼ状態ということらしく、診断書を発行してもらい会社を2ヶ月休職することになった。

 

順を追って書く。まず、昨年10月頃から会社にいることがつらくなった。それには環境の要因とか諸々原因はあるのだが、一先ずそのあたりの要素は置いておく。そこからは姉同然だった同居猫の死とか、なんか小さなマイナスなことが重なって、すっかり参ってしまった。

 

体は動くので出社はしていたものの、毎日ひどい顔で退社して、ホームで帰りの電車を待ちながら漠然と「飛び込みんじゃう人の気持ち分かるなあ」と毎回考えたりしていた。今でこそ「お前毎日定時退社してただろ、それは分かるなよ」と笑いながらツッコミをいれられるが、当時は本当にしんどかったんだと思う。もうその時には正常な判断とか思考が出来なくなっていたので、あんまりその時の感覚を鮮明に思い出すことはできないというか、その感覚がどこか遠くの方に飛んでいってしまったような感じがする。

 

さて、肝心の要因だが、一言でまとめてしまうと恐らく「挫折」なんだと思う。精神科の先生には「今までの人生が順風満帆だったから、ちょっと壁にぶち当たって参ってしまってるんじゃないか?」と言われた。その時こそふざけんなてめえこのクソじじいお前に何が分かるんだと思ったものですが、今となってみればまあそうかもなと。

任されてたプロジェクトを成功させることができなくて、自分のやりたいことができず自棄っぱちになったり。中途半端に自分の関心の強い業種に就いたものだからなおさらそのジレンマも大きく。

でも、そもそも立地条件的にも仕事の内容としても恵まれている(希望通り)し、自分は何も自分から変えようとしていないのに、「環境が悪い、社内の人間が悪い」と文句を垂れていたのだ。いや環境は最悪ですが。すれ違う社内の人間の体臭に対して日常的にキレているし会社の周りはスラム街なので。

 

当然そんな感じで物事の全てを環境のせいにしていた訳だから、転職活動をしようにも面接で落とされる。というかそもそも自分が何をしたいのかということがまっっっったく分かっていなかったから、「早く今の会社から抜け出したい」という一心だけで何となく選んだ会社を受けて落ちてというのを繰り返した。そりゃ落とされるわ。

 

そこで、ふと考えてみる。そもそも今までの人生は本当に順風満帆だったのか?

私は自分が特別勉強が出来るとか頭が良いとか思ったことはない。自分より仕事ができる人、頭がいい人がたくさんいることを知っているし、悪い意味でそうやって上ばかり見ているからだ。

でも、冷静になってみれば、そうやってそこそこ名門と言われるような大学に進学している人間なんて全体のほんの一握りなのだと思う。それが当たり前だと思っている両親にそれが当たり前として育てられていたのである程度成長するまで疑問に思ったこともなかったが、実際はそういうものなのだ。

精神科に行くのだって、大学に入る前の自分だったら絶対に考えられなかったと思う。これは分かってもらえるか分からないけれど、「精神科に行ったり精神を病むのはあまり良くないこと」みたいな空気ってなんか生きていくうちで何度か感じたことがないだろうか?私はある。そして10代後半までそれに支配されていたので、まさか将来自分がお世話になるなんて思ってもみなかった。考えてみれば、そういうおめでたい生き方を許されていただけだったのだが。

人間関係についても、少しでも己と感性が合わないと思った相手をシャットアウトしたり。現在の職場含め、お前何様やねんと言われても仕方のない態度を取っていたんだと思う。ただなんやかんや言ってもそれに関しては今でも100%の反省はできない。だってキツい人間はどうやったってキツい。

 

こうして考えてみると、順風満帆というか、自分中心の世界の中で上手いこと生きてきたに過ぎないよな、と思う。片手で数えられるほどではあるけれど、本当に気の合う友達から何人かいて、たまに息抜きにご飯食べに行ったりして。そうやって閉じられた世界で生きてこれてしまったから、急に社会の中にぽんと放り投げられて途方にくれてしまったのだ。

それに仕事自体のことなんかも重なって、とにかく気持ちが鬱々として。まあ要は甘えてたんだよな、と今なら思えるんだけど、こう思えるようになったのもまる2ヶ月の自由な時間を得たことによるので、今回の休職はそういう意味では有意義だったと思う。

 

この2ヶ月にやっていたことといえば、アイドルの応援と創作活動とソシャゲぐらいなもので、まっっっったく生産的な日々ではない。にも関わらず金だけは減っていく。CDを買いライブに行き。月並みな言葉だが、定額の給料を毎月受け取れるというのは本当にありがたいことだ。

はじめの1ヶ月ほどは前述の転職活動などもちらほら行なっていたけど、今月に入ってからは本当に自堕落な生活を送っている。その中で思うのは、漠然とした「仕事をしたい、のかもしれない」みたいなことで、結局毎日のルーティンに対する絶望感はあっても、「何かしらをしているぞ」という実感がないと地に足がついてないような感じがして落ち着かない。

 

何が言いたいかというと、開き直ってニートとして生きていくことは自分にはできなさそうだということと、そうやって毎日働きながらお金をもらってたまに遊んでという日々が実はそれなりに得難いものであるということ。

なお、ノイローゼ中、会社の偉い人たちに散々「オタクの中で働きたくない、周りがスラムで最悪、フレックスで働きたい」とゴリラ我儘をぶちまけて即休職したので復帰することを考えるとやや胃が痛くなる。でも仕方ないよね、病人だったんだからさ……と開き直ってやり過ごすぞおれは……。

 

結果として休職したことは自分の中でプラスにはなったし、一度何もかもを手放して内省的になることができたので、みんなも精神的にしんどくなったらすぐに休職していこうな。現実的に難しいかもしれないけど、そうやってノイローゼになってる状態だと本当に正常な判断とかできなくなるからな。

そしてまた3ヶ月後くらいに「会社に行くと体調が悪くなる」みたいなブログを書くことがないようみんなも祈ってくれよな。おわり。