いつかの私たちへ

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 私たちはどうやったら幸せになれるのだろう。いつになったら幸せになれるのだろう。夜明け前の薄暗く濁った一人暮らしの部屋で、ベッドの中から窓の向こうの四角い街をただじっと眺めるだけの私たちを、一体誰が幸せにしてくれるのだろう。

 私たちは夜を愛さない。誰かと一緒に明かす夜は良いけれど、一人の夜は駄目だ。夜は私たちをギラついたネオンと深い闇で容赦なく駆り立てる癖に、裾の方に少しでも薄橙の光がすっと引かれた瞬間に、何の未練もなく私たちの身体を放り出してしまう。どろりと纏わりつくようでいて、決してこの身には残らない夜の暗がり。私たちはその途方もない光の欠如に心を乱し、何も見えないのならと両腕をばたつかせて手近な体温を求めてばかりいる。

 けれど、私たちはきっと胸の片隅でそんな私たちのことを愛してしまっている。どうやったら幸せになれるの、いつになったら幸せになれるの、そんな風に口を揃えるもう一人の私たちの手を離すことができないでいる。

 大きくなったらケーキ屋さんになりたいと夢みていた頃の私たちは既になく、私たちの指が触れるのは繊細でかわいらしいスポンジケーキじゃなくてデスクトップPCの無骨な黒いキーボードだ。でも、それが何だと言うのだろう。私たちはそうやって生きていなければならない。それを不幸だと指をさして笑う権利なんて、神さまはきっと誰にも与えなかったはずなのだ。

 私たちは幸せになりたかった。大人になったら素敵な王子様が現れて、真っ白なドレスを着ることができるものだと思っていた。それが幸せなんだと、そう思っていた。
 私たちは今日も窓ガラスの向こうでじわじわと白んでいく空を見ている。けれど、おとぎ話の結末とは程遠いその景色を、悲しいことだと諦めたくはなかった。

 私たちを幸せにできるのは、紛れもなく、私たち自身をおいて他にない。それはとても素敵なことで、この煤を被ってしまった胸を照らすあたたかなともし火だ。私たちは夜を嘆き朝を待つ。その朝が変わらずに私たちを篩うことを祈りながら。