つくりものでも

元気があれば何でもできるけど逆に元気がなかったら何にもできなくない?

退職エントリを書くほどのことでもない

12月19日。最終出社日。
特定の方々以外には特にこれといって深い思い入れもないので、さらっとお菓子を置いてさらっとメールを出してさらっと挨拶をした。

終わっちまえばこんなものよな、と思いつつ帰る準備をしようとしていると、何人かの社員さんがわざわざ挨拶に来てくれて、こちらの予想以上にいろいろなプレゼントを頂いてしまった。何だか申し訳ない。ありがたく使わせていただきます。

この時期のギフトは大抵靴下かブランケットよな、と思いつつ帰宅していそいそとラッピングをほどくと、やはりほとんどが靴下とブランケットだった。この手のものはいくつあっても良い。便利に使う。

同期などは自分ではぜっっっったいに買わないであろうジェラピケのもこもこ靴下をくれた。これは北千住の氏の家に持っていこう。西荻窪の友人の家では高校時代のジャージを着ている私だが、氏の家ではジェラピケのルームウェアを着ている。私の中にもまだこの程度の可愛げは残っています。

 

今の会社には新卒で入社して1年半と少し在籍をしていて、まあ正直に言うとなかなかに厳しい環境でそれなりによくやっていたと思う。体制自体はホワイトなので残業祭りでお金が出ないとかそういうことはなかったけれど、気持ちの問題として。

私は基本的に愛想がなく、人付き合いも仕事上のもの以外は求めないというスタンスでひっそりと出社していたのだけれど、ここでも何度か書いたように2、3人かそこらの社員さんとは今後も飲みに行きましょうと言い合う仲になれて、それは素直に嬉しい。普段の私の態度から考えたらずいぶんありがたいことだ。

別に意図的にそうしている訳ではないのだが、よく近寄りがたいとか何を考えているのか分からないと言われがちな人生なので、そんな中でも仲良くしてくれる人のことは基本的に大事にしようと思っている。自分の手の届く範囲の人を自分のできる最大限で大事にするので精いっぱいだ。

 

人の気持ちとは面白いもので、あんなにハンマーで殴られたような衝撃で頭に血が上っていたのに、2回ほど寝れば何だかすべてがどうでも良くなった。相手を無理やり自分のために変えようなんて思うのはちゃんちゃらおかしな話だ。もちろん相手からの歩み寄りがゼロでは厳しいが、向こうも自覚して改善しようとしてはいるようだし、そうなれば私が1人で怒っているのも変なのでもう静かにすることにした。

相手には「踊って解決しよう」と伝えた。部屋の灯りを消して、私のディスコプレイリストを流しながら、あのデカいベッドの上で2人で踊って今回の件は終わり。もうそれでいい。こうなったら踊るしかない。誰にどう思われようと、私はこういう時に「全部面倒臭くなったから踊って解決にしましょう」と相手に言える自分が結構好きだ。

 

先ほどまで、明後日からの旅行の準備をしていた。冬の旅行は中を変えるだけで良いので、実は夏よりも楽なんじゃないかと思う。思ったよりも軽装になりそうでほっとした。

現在の関係性に対して不安はないでもないが、多分2人で新幹線に乗っているうちに色んなことがどうでも良くなるんじゃないかなあという気がしている。というよりも、そこで一緒にいる楽しさみたいなものを実感できなかったら本当に先はないだろう。そうならなければいいなあと思える程度には私はまだ相手に対して非情になりきれないし、そんなに簡単に切り捨ててしまえるような心持ちで数か月の間一緒にいた訳ではない。あと、私は結構しつこいぞ。

温泉と海鮮は本当に素直に楽しみだ。あとはもう私が楽しいと思えないのならそれまでだし、なるようにしかならないので、そこのところは見極めつつどうにかこうにかやっていきましょうね。