去年も退職エントリを書いた記憶がある

12月31日付で会社を退職する。務めたのは1年。1年だ。今さら何を言っても覆すことができない事実として、私は今年1月に入社した会社を1年で辞める決断をした。

「1年しか経ってないのに」と自分でも思わなくはないが、この1年は本当に自分の人生の中で最もアップダウンが激しかった年であり、引っ越しや転職などのイベントに加え、特に下半期はメンタルの調子を崩して通院したり持病が再発してまともに働けない状態になったりと散々な日々を送っていた。幸い今はメンタルの調子は落ち着いているが、体の方は引き続き健常とは言えず、満足に外に出ることもままならない日々が続いている。

何やらひどく後ろ向きな出だしになってしまったが、実際のところ、今回の退職は自分にとってさほどネガティブなものではない。拾ってもらった会社に対して何だその言い草は、というところではあるのだが、私自身は今回の決断を後悔している訳ではないし、社の皆さんもとてもあたたかく私の気持ちを受け止めてくれている。それはとてもありがたいことであり、勝手にも「一度全部の荷物を下ろしてしまいたかった」と語る私を肯定してくれた社員さんがいたことは、大きな救いとなった。

 

とはいえ、だ。1月からどうやって稼いでいくか、そこのところははっきり言って全然決まっていない。漠然と「文章で食べていきたいな」という気持ちはあるし、本来であればまた接客の領域に足を踏み入れるつもりだったのだけれど、11月に発覚した持病の件もあり暫く肉体労働は厳しそうだ。在宅ないし近場での勤務をメインにどうにか組み立てていきたいところだが、そういうぼんやりとした方向性が決まっているだけで、特にこれといって明確なビジョンがあるわけでもないので困った。

もともと関わっていたメディアの方は引き続きライターとして携わらせていただけるのでとてもありがたいのだが、それ以外の部分が自分でもいまいち見えていない。自分の本当にやりたいことって何だったっけなあ。いろいろなことに興味があるフリをしながらも常にすべてに対して諦めてしまう癖がある自分は、いったい何に本気になれるだろう。

今回会社を辞めたのも、10年後20年後に「自分は何者にもなれなかった」と後悔したくなかったからだった。けれど、蓋を開けてみれば、ただ「フリーランス」という肩書に憧れていただけだったのかもしれない。

何にせよ、お金がない。お金がないのだ。誤解のないように書いておくと、まったく貯金をしていないということではなく、むしろ手の届かないところにお金を貯めている結果手元の残高が寂しいことになっているという状況である。本末転倒感が否めないが、そういうことなので、保険料、年金、家賃に生活費などの仇敵とバトりつつ、それなりに満ち足りた生活を送らねばならない。が、現時点でハードルはエベレスト並みに高い。

働くということはつくづく難しいですね。やる気がないのでは?と言われればそれまでですが、私は私でいつも脳内が多動で一つのことに集中できないし、好きなことだけやってたいんだけど、それもままならないなあ。家で一人の時間には、そんなことをよく考えている。

書きながら、そういえば病院で診断テストを受けようと思っていたことを思い出した。カウンセラーさん曰く、ややASDの傾向ありとのことだが、実際のところは分からない。ただ、私が幼いころから空間認知に問題を抱えていたり、耳からの情報をうまく処理できなかったり、環境音が気になって眠れなかったり集中できないことへのひとつの答えが出るのなら、受ける価値はあるのかなと考えている。

 

今日はクリスマスイブ。同居人へは、ちょっとだけお高い枕を買った。これでぐっすり眠ってくれたら嬉しい。私は私で、学生時代に一目惚れしたもののそのあと結局買わずじまいになっていた指輪をリクエストしたりして、少なからず浮かれている。

お金はないけど幸せだし、幸せなのでもう何でもいいかなあと思い始めている。去年の今頃はLINEでひどい口論をしていたけど、一緒に暮らし始めてからそういう機会はない。お互いの齟齬をうまいこと自分の中でケリをつけつつ、うまいことやっていきましょうね。