不安でたまらない夜に、キーボードをうつ音だけが鳴る

5日ほど前から、同居人が高熱を出している。このご時世なのであえて言及しておくと、同居人は体質的に季節の変わり目には体調を崩しやすいため、今のところコロナウイルスによる症状である可能性は高くないと見ている(ここ最近は在宅ワークで暫くの間必要最低限しか外に出ていないし、肺のレントゲンも特に問題なかった)。

 

同居人が微熱を出した朝は2人とも「ああまたいつものアレね」なんて言って笑っていたのだが、どうにも熱が下がらず、いつもより症状が重たい。細かい病状などは省くが、39℃前後の熱が5日間ずっと続いているような状態で、解熱剤を飲まないと睡眠もままならない。

そんな状況が続いたからか、今日の夜には2人ともすっかり弱気になってしまっていて、実際には受け答えもしっかりしているし自分で起き上がったり水分をとったりもできるのだが、「あまりにも高熱が続くから救急車を呼んだ方がいいのかも」なんて2人で話したりもした。

救急相談サービスで調べてみても「意識が朦朧としているか」とか「ひどい頭痛を訴えているか」とかよほど重篤でないと救急車は呼ばなくてもいいという結果が出るのみなのだが、目の前でふうふうと息を吐いてつらそうにしている同居人の姿は、素人にはなんだかすごく重篤な状態なんじゃないかと思えた。私自身、39℃超えの高熱がまる5日も続いた経験などないし、それは同居人も同様で、「どこまで熱が続いたらまずいのか」ということが医学的知識のない我々には分からず不安なのだ。

 

そこで、「恐らく大丈夫なんだろうけどとりあえず安心したい」という藁にも縋るような思いで7119の救急相談に電話を掛けてみることにした。経過を伝えると、高熱が4日以上続いていてのどの痛みがあるという点からコロナ関係の電話相談窓口を紹介されたが、ひとまずすぐに救急外来に駆け込む必要はないと分かって幾ばくか安心した(解熱剤がきちんと効いている時点で大丈夫と言われればそれまでなのだが)。

それからコロナ相談窓口の方にも電話を掛けて、同じように経過を説明したあと解熱剤を飲んでもいいかなどのアドバイスをいただき、休日診療のできる病院を探すサービス紹介してもらった。このときに対応してくださった方の物腰がとても柔らかく、私も少しずつ冷静さを取り戻すことができた。

しかし、この時点での時刻は深夜3時過ぎである。深夜でも相談できる場があるというのは本当にありがたいだ。そして、時節柄多忙なんて2文字では表せないような件数の相談を受けているであろうに、冷静に優しく対応してくださった担当の方には感謝してもしきれない。

 

当然と言えば当然のことかもしれないが、不安は伝播する。そして、相乗効果でどんどん大きくなっていく。同居人を心配する私と、未曽有の高熱に苦しむ同居人の不安は、お互いに増長して「救急外来に行くべきか」というところまで膨らんでしまった。

少し補足をすると、私は8年ほど前に虫垂炎になった際に痛みを我慢してしまい夜中に救急車で救急搬送されたという経験があり、その時のことがフラッシュバックしていたのもある。つくづく、人はどんなに冷静でいようと心がけていても簡単に感情的になってしまうものだなと再認識させられた。

 

必要以上に同居人を不安にさせてしまったことは今回の反省点だが、反対に、やっておいてよかったこともある。発熱からの経過を日ごとにメモにまとめておいたことだ。これをやっていたおかげで、「12日に受診し~~を処方してもらい、13日から14日に掛けて~~の症状が強くなりました」といった風にスムーズな受け答えができた。この経過メモは「何かあった時のために」と今朝まとめておいたものだが、あるとないとでは電話口でのこちらの対応が全然違ったと思う。

 

それから、もうひとつ書き残しておきたいことがあるとすれば、電話口での「ご家族の方でいらっしゃいますか?」という質問に対し「いえ、ただの同居人です」としか答えられなかったことだ。同居人にただのもなにもないのだが、かなりテンパっていたこともありこういう言い回しになってしまった。

そうか、家族じゃないのか。籍入れてないんだから当たり前だけど。今後もしどちらかが入院するとかそういうことが起きた場合、やっぱり法的に「家族」である必要性が出てくるのかなあ、なんて考えるきっかけになった。この辺りは人それぞれ色々な考え方があるので一概に何とも言えないけれど、割り切って早いうちに法的に家族になるという選択肢も考えないといけないのかもしれない。

 

依然として熱は下がっていないため不安ではあるが、幸いまだ解熱剤はしっかりと効いてくれているようで、同居人も再び寝息をたて始めている。4時半を回って、窓の外では既に鳥が鳴き始めていて、私もようやっと少し眠れそうだ。不安な夜を過ごす私に、こうしてとりとめのないことを書くという安息があってよかった。

2019年に買ってよかったものリスト

時の流れ、矢にも程がある。早いもので2019年も……と言いたいところですが、「今年もあっという間だったなあ」という気持ちと「5年分くらいのアップダウンがあったんですがそれは……」という気持ちとが同居しているので、時候の挨拶はこれくらいにします。

ごくごく個人的なことですが、今年は1月の転職に始まり、その2か月後に急に引っ越しおよびパートナーとの同居が決まり、年末には祖父の逝去と持病の再発とライフイベントが怒涛の勢いで押し寄せた1年間でした。

\ドキドキ! はじめての家族以外との生活/ \内在化していた家族問題の発露によるメンタルブレイク/ \ひたすら泣き暮らした夏の日/ \同居人に散々かけた迷惑/ \やめられない抗不安薬/ \貯金もないのに辞めた会社/ \来年1月からほとんどプー/

ひとりで小学校の卒業式の1コーナーができてしまうっぷりの充実ぶりでした。ちなみに今は心療内科の薬はやめられたけど体の病気の薬をガブ飲みしています。医療費……(絶望顔)というところですが、今年はなんだかんだいろいろと買ったものがあったので、やっていきましょう。

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 Lisn青山のインセンス

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これは「223 READING」というインセンス

1本30円から買える表参道のインセンスショップ「Lisn青山」のインセンス。とにかく単価がお手頃なので、ちょっと気分を変えたいときや起き抜けのタイミングでガンガン焚く。
Lisnのインセンスは、どれも「お香!!線香!!」みたいな強い香りじゃなくて、やわらかいのにしっかり良い香りで満たしてくれるところが気に入っています。

お店ではひとつひとつ香りを確認しながら購入できて、店員さんが自分好みの香りをヒアリングしてくれるので外れがないし、反対にちょっと冒険して自分では選ばないような香りを紹介してもらうこともできて最高。

ここ最近のお気に入りは「076 LUCY」。バラがベースになっているけどパウダリーなほんのりとした甘さで軽いのがいい。次から次へと気になる香りが増えていくので端的にいってLisnのインセンスは沼。それぞれの香りが全部違う色合いなので、好きなキャラとか人物のイメージで選んだりしても楽しいよ。

store.lisn.co.jp

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Brew Tea Co.のフルーツパンチ

www.brewteacompany.jp

表参道のティーストア「Brew Tea Co.」のお茶はどれも本当においしくておすすめ。パッケージもかわいいのでプレゼントにも喜ばれます。

もともとフルーツティーとかフレーバーティーがすごく好きなので、お気に入りはビビッドピンクのパッケージの「フルーツパンチ」。淹れてみるとお茶もしっかりピンクに色づいてすごくかわいいし、アイスでオレンジジュースと混ぜて飲むと新しい扉が開きます。

あと、とにかく店員さんのホスピタリティがヤバい。同じ人間とは思えん。取材させていただいたからっていうのもあると思うけど、私の顔もしっかり覚えてくださっていて、行くたびにいろいろサービスしてくれる。

テイクアウトのメニューも全種類おすすめなので全人類行ってくれ……そしてしこたま買っておいしさに感動してくれ……。

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ガーリック&しいたけオリーブオイル

本当においしいんです……信じてください……。パスタソースとしても使えるし、キムチ鍋のスープにちょっと垂らしたら香りが増幅されて信じられないウマさを発揮しました。インスタントのスープ類とかに掛けると間違いなくワンランクアップする。一生着いていきます。

中でもサラダに合わせるとヤバくて、もう一種の麻薬。普通の葉物のサラダにこれとミツカンの「オイルとかける酢」をかけたらあまりに爆ウマすぎて「もう他のドレッシング全部いらないじゃん~」になりました。

マジで万能調味料。しいたけ苦手じゃなかったらおいしく食べられると思うし、香りの強めのものに合わせるならそんなにしいたけ感気にならない……はず。

ちなみにこちらを買ったのは上野桜木あたりのおしおりーぶ。他にもめちゃくちゃ色々な調味料があって全部試食できるしワンダーランドすぎたので絶対もう一回行く。

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TEAPONDの水出しアイスティー「ファンファーレ」

www.teapond.jp

写真が残っていなくて貼れないのが残念なのですが、夏に買ったTEAPONDの水出しのティーバッグが本当においしくて……「ファンファーレ」っていう名前も100点満点じゃないですか? 他にも「スリーピーキャット」とか「ウィンターランド」とかネーミングがどれもかわいくて、オタクはこういうの大好きです。ありがとうございます。

TEPONDの紅茶はパッケージのかわいさだけじゃなくて、味と香りが本当に素晴らしくて、なんでもっと買っておかなかったんだろうとめちゃくちゃ後悔しました。清澄白河遠いんだよな~~~~~。清澄白河は他にも気になるお店がたくさんあるので、仕事と体調が軌道に乗ったら自分へのご褒美にまた買いに行こうと思っています。

ズボラ人間なので水出しできるのは本当にありがたくて、後述のタンブラーでつくって秒で飲み干してました。本当に人生で飲んだアイスティーの中で一番美味いと言っても過言ではない。

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H&F BELXの茶こし付きガラスタンブラー

 もうね、これ、多分ずっと使い続けると思う。茶こしが下側だから蓋を開けるときに気を使わなくていいし、スリムだから冷蔵庫の開き戸のポケットにも余裕で入る。構造がそこまで複雑じゃないから洗うのも苦にならない。

そもそもまずH&F BELXのルイボスティーが本当においしくて、フレーバーがもう何種類あんの!? ってくらい充実してるので常に冷蔵庫の中にストックして飲んでます。ジュースほど甘くないけど麦茶ほどシンプルすぎない味とでもいうのか、フルーティーな風味がついててめちゃくちゃ飲みやすいです。

実店舗で一気にたくさん買うと割引が適用されるので、気になったフレンズは私と共同購入してスタンプカードのポイントを加速させよう!!

あと、タンブラーを買うと布製のカバーをつけてくれて、好きな色を選べるのも嬉しい。私はスウェット生地のグレーを選んで、本来の用途とは違うけど銭湯に行くときに凍らせたペットボトルを入れてます。

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透明急須

www.roomie.jp

銀座にある煎茶堂東京で購入した透明急須。大事なことは全部上に貼ったRoomieさんの見出しが説明してくれていますが、樹脂製なので洗っていても割る心配がないのが本当にいいです。とんでもないレベルの手元滑り虫なので……。

ちなみに、樹脂だから熱湯を入れても本体は全然熱くならないのですごい。私は調子こいて蓋の部分の蒸気口触っちゃって指が焼けるかと思いましたが、本当に熱くないです(説得力/zero)

あと、一人分をさっと淹れられるというのが本当にいい。私は自分の部屋にケトルを常備していてお茶スペースを作っているのですが、思いついたときにお茶を淹れられて神です。緑茶だけじゃなくて紅茶もほうじ茶も何でもこれで淹れてる。

実際のところ茶葉を捨てるのは茶こしからよりもサーバーからドーンと捨てた方が楽なんですが、苦みが出るのが嫌なのでなるべく一杯ずつ淹れたくて、そういうニーズにダイレクトに刺さります。ここまでずっと茶の話ばっかりだな。

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Yogibo mini

ここからインテリア系とガジェット系。引っ越し先の自分の部屋が和室だったので、思い切って導入。女性の一人暮らしだったらminiで十分。2人で座るならもうちょっと大きいやつの方がいいかもだけど、座れないことはない。

今はローテーブルにこれで作業をしていますが、肩が凝るし姿勢も悪くなるのでやっぱりPCに向かうときはデスクあった方がいいなと思いました。ただ、ちょっと腰掛けて放心したり、スマホでネットサーフィンしたり、映画を見たりするのには本当におすすめ!

ひとつ難点があるとすれば、仕方ないけどビーズがへたることと、ビーズ補充がマジで無理ゲーなこと。さっき一人暮らしなら~とか書いたけど、この詰め替えに関してはぜっっっったいにひとりでやろうとしない方がいいです(ひとりでやって詰んで同居人に泣きついた人)

とはいえ家に呼んだ友達が例外なく「Yogibo欲しい」と言い出しているので、座り心地はたぶんお墨付きです(?)

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 BRUNO ビーズクッションテーブル

これの登場によりYogiboライフに革命が起きました。

この手のクッションテーブルはYogiboの公式のものとか安い後発品がたくさん出ているので正直何でも良かったんですが、クッションとテーブルが取り外せるところに何となく魅力を感じてBRUNOのものを選びました。結果、デザインもかわいくてお気に入り。

天板がカーブしたりしてないので床やベッドの上に置いても普通にテーブルっぽく使える。マグを2人分置くくらいなら全然問題なさそう。

iPadで動画見たりするときにはスタンドになる溝がついているものにすればよかったかなと思わないでもないけど、それは別途買う予定のスタンドで代用できそうかなあ。

ちなみにこれの実装によってライフワークも捗るようになりました。Yogiboに座ってこれを膝に乗せてマスプラ叩いてます。

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 Me%のスマホリング

 いや、スマホリング、めっっっっちゃくちゃ便利じゃないですか……マジ……? って毎日思ってます。iPhoneがデカくなってろくに指が届かないのと、常に落としそうで怖かったので実装したところ、便利すぎて手放せなくなってしまった。

落下防止もそうなんだけど、スタンドとしてスマホを横置きできるのが便利ポイント高すぎてすごい。テーブルに置いて音楽流すのも横置きしとけばいいし、ちょっと人と動画見たりするのにも使える。すみません令和になったのにこんなことで感動してて……。

特にMe%が好きとかでなく、何か四角いのじゃなくてちょっとおもしろい形のがいいな~と思ってネットで見つけて買いました。本当は猫がよかったんだけど猫が売り切れてたので茶色いくま。ゆるさの極みのフォルムで気が抜けるので良い。

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 Urbanista Seattle

Urbanista Seattle ワイヤレス ヘッドフォン Bluetooth マイク内蔵 折りたたみ式 (ブラック)

Urbanista Seattle ワイヤレス ヘッドフォン Bluetooth マイク内蔵 折りたたみ式 (ブラック)

  • 出版社/メーカー: urbanista
  • メディア: エレクトロニクス
 

カナル式がどうやっても使いづらくて、ワイヤレスのヘッドフォンが欲しくて購入。私はどうも黒と白のヘッドフォンにあまり惹かれずカラバリを重視してしまうので、買ったのはこれのローズゴールドです。

音質としてはiPhone付属のイヤホンを立体的にした感じで、良くも悪くもクセがない感じ。低音ガンガンでもないし高温シャリシャリでもない、と思う。街中でスイスイ聞くならこれくらいで全然問題ないし、出先用はそこまで高いもの買わなくてもいいやというマインドなので、デザイン重視です。

シンプルだからどんな服装にも合うし、私は黒とか紺ばっかり着るのでいいアクセントになります。先日不慮の事故により見事に壊しましたが。自分で床に置いたの忘れて踏み抜くとか本当にどうかしてない?

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iPad pro(10.5インチ)とApple pencil(第1世代)

Apple Pencil (第一世代)

Apple Pencil (第一世代)

  • 発売日: 2015/10/14
  • メディア: Personal Computers
 

取材時のインタビューを紙で行うことに不便さを感じて、思い切ってセットで購入。ちなみに何世代か前のやつなので、最新機種を買うよりはお手頃に買えました。それでも今年一番の高い買い物だし、貯金もってかれて現在進行形でヒイヒイしていますが。

ただやっぱり便利であることは疑いようもなく、インタビューのしやすさもそうだし、これさえ持っていればその場でぱっと写真も撮れるのでもう何も言うことがない……。

長らく離れていたお絵かき(全然大したものじゃないけど)もすごく快適で、久しぶりにお絵かき楽しい~とご機嫌です。

あとライフワーク(デレステ)がめちゃくちゃに捗る。処理も早いのでMVもスイスイだし、大きさ的にどうかなと思ったけどマスター~そこまでキツくないマスプラなら全然手動くし届く。何より大画面で見る担当は最高!(突然のオタク失礼します)

少し前に3年半?くらい使っていてついに画面も割ったiPhone7からやっとこさ機種変してXRになったので、またしばらくガジェット周りは何も新調しなくていいやという感じです。

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 こんなところでしょうか。他にも東京蚤の市で買ったアンティークのブローチがかわいすぎて死……とか中野のOHASHIのブルーベリー葛湯がおいしすぎて死……とかいろいろあるのですが、再現性がないものはとりあえず省きました。

あ、思い出したようにコスメの話をすると、OPIのネイルラッカーはめちゃくちゃ綺麗に塗れて感動しました。ベビーピンクではみ出しが気にならないっていうのもあるけど、二度塗り三度塗りしても全然よれなくて手先滑り虫にはありがたい。

あとニベアの色付きリップも重宝してます。唇弱くてリップ塗ると荒れることが多いので、ちゃんと保湿成分のあるものを使った方がいいなと思って買ったんだけど、ちゃんと色つくし潤うし安いしもうこれで十分だな~と。もう新しい口紅買う気にならないな……何度か使わないと分からないから荒れるかどうか博打だし……。

 

最後にちょっとだけお仕事の話。
年明けからは引き続きPathee Epicで書かせていただきます。それ以外の予定は全然まだ未定ですが悩んでも仕方ないので開き直ってます。ライターお探しでしたらいつでも対応できますのでぜひ(ここで言っても仕方ない)

それでは皆さんよいお年を。

去年も退職エントリを書いた記憶がある

12月31日付で会社を退職する。務めたのは1年。1年だ。今さら何を言っても覆すことができない事実として、私は今年1月に入社した会社を1年で辞める決断をした。

「1年しか経ってないのに」と自分でも思わなくはないが、この1年は本当に自分の人生の中で最もアップダウンが激しかった年であり、引っ越しや転職などのイベントに加え、特に下半期はメンタルの調子を崩して通院したり持病が再発してまともに働けない状態になったりと散々な日々を送っていた。幸い今はメンタルの調子は落ち着いているが、体の方は引き続き健常とは言えず、満足に外に出ることもままならない日々が続いている。

何やらひどく後ろ向きな出だしになってしまったが、実際のところ、今回の退職は自分にとってさほどネガティブなものではない。拾ってもらった会社に対して何だその言い草は、というところではあるのだが、私自身は今回の決断を後悔している訳ではないし、社の皆さんもとてもあたたかく私の気持ちを受け止めてくれている。それはとてもありがたいことであり、勝手にも「一度全部の荷物を下ろしてしまいたかった」と語る私を肯定してくれた社員さんがいたことは、大きな救いとなった。

 

とはいえ、だ。1月からどうやって稼いでいくか、そこのところははっきり言って全然決まっていない。漠然と「文章で食べていきたいな」という気持ちはあるし、本来であればまた接客の領域に足を踏み入れるつもりだったのだけれど、11月に発覚した持病の件もあり暫く肉体労働は厳しそうだ。在宅ないし近場での勤務をメインにどうにか組み立てていきたいところだが、そういうぼんやりとした方向性が決まっているだけで、特にこれといって明確なビジョンがあるわけでもないので困った。

もともと関わっていたメディアの方は引き続きライターとして携わらせていただけるのでとてもありがたいのだが、それ以外の部分が自分でもいまいち見えていない。自分の本当にやりたいことって何だったっけなあ。いろいろなことに興味があるフリをしながらも常にすべてに対して諦めてしまう癖がある自分は、いったい何に本気になれるだろう。

今回会社を辞めたのも、10年後20年後に「自分は何者にもなれなかった」と後悔したくなかったからだった。けれど、蓋を開けてみれば、ただ「フリーランス」という肩書に憧れていただけだったのかもしれない。

何にせよ、お金がない。お金がないのだ。誤解のないように書いておくと、まったく貯金をしていないということではなく、むしろ手の届かないところにお金を貯めている結果手元の残高が寂しいことになっているという状況である。本末転倒感が否めないが、そういうことなので、保険料、年金、家賃に生活費などの仇敵とバトりつつ、それなりに満ち足りた生活を送らねばならない。が、現時点でハードルはエベレスト並みに高い。

働くということはつくづく難しいですね。やる気がないのでは?と言われればそれまでですが、私は私でいつも脳内が多動で一つのことに集中できないし、好きなことだけやってたいんだけど、それもままならないなあ。家で一人の時間には、そんなことをよく考えている。

書きながら、そういえば病院で診断テストを受けようと思っていたことを思い出した。カウンセラーさん曰く、ややASDの傾向ありとのことだが、実際のところは分からない。ただ、私が幼いころから空間認知に問題を抱えていたり、耳からの情報をうまく処理できなかったり、環境音が気になって眠れなかったり集中できないことへのひとつの答えが出るのなら、受ける価値はあるのかなと考えている。

 

今日はクリスマスイブ。同居人へは、ちょっとだけお高い枕を買った。これでぐっすり眠ってくれたら嬉しい。私は私で、学生時代に一目惚れしたもののそのあと結局買わずじまいになっていた指輪をリクエストしたりして、少なからず浮かれている。

お金はないけど幸せだし、幸せなのでもう何でもいいかなあと思い始めている。去年の今頃はLINEでひどい口論をしていたけど、一緒に暮らし始めてからそういう機会はない。お互いの齟齬をうまいこと自分の中でケリをつけつつ、うまいことやっていきましょうね。

9月のとある4日間の日記

2019.09.23

数歩歩けば風に背中を押される一日だった。

台風の影響で朝からびゅうびゅうと音を立てて強い風が吹いているのを知っていたのに、まんまと買い出しに出かけてしまった。結果として髪の毛をぼさぼさにして帰ってくる羽目になって、そういうままならさこそが生活そのものだな、などと考えながら汗をかいた。

昨日は少し同居人との関わりの中で嫌なことがあって、思い返してみれば本当に些細なことなのに、その時の自分にはそれがどうしても許せなかった。こういうことは多々ある。私の場合は幸いにも一晩眠るとけろりとしているということが多いのだけれど、ふとした瞬間に「何だこいつ」と思ってしまうとそのあとの感情に歯止めがきかなくなってしまう。これもどうしようもないままならさ。

相手の言動に対するやりきれなさとか、この人と一緒にこれからもやっていけるだろうかという寄る辺のない不安は、眠っている間にどこに消えていくのだろう。もしかしたら消えているのではなくてただ見えなくなっているだけで、いつか津波のように押し寄せて私をあっという間に飲み込んでしまうのだろうか。

人と暮らすということは。自分自身を少しずつ少しずつすり減らしながら、相手にぴったりの形になるように己の輪郭を変化させていくということだ。我慢できない部分や気になってしまう部分に目をつぶれば自分の心が疲弊するけれど、それと同時に外側はどんどん相手との暮らしに馴染んでいく。そして、その危うい均衡の先に何があるかはきっと人それぞれだ。

誰かと一緒に生きていくなんて、どうしようもなく不安だ。樹木希林が似たようなことを言っていたのを覚えているけれど、こんな不安なこと、正気じゃ絶対できない。

このままで大丈夫だろうか、大丈夫でいたいな、できるかな。そんな風に考える毎日だ。寝て忘れて、起きたら二十年くらい先の未来の穏やかな二人に会えたらいいのに。

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09.24

同居人からの「頭が痛くて下痢がひどい」という連絡を受け取った。家に帰っている途中、体温計の画像が送られてくる。38.2℃。さすがにぎょっとして、簡単に口にできそうなゼリーを買って帰った。

横になっているとのことだったので起こさないよう気を配りつつ、つい先日にもこんなことがあったな、と思いながらシンクに溜まった洗い物に手を掛ける。一緒に住むようになって学んだことだけれど、彼は季節の変わり目や少し悪いものを食べてしまったときに人よりも体を壊しやすい。

起きてきた同居人が、「どうして自分の体はこうなんだ」とぼやくのがつらい。明日は絶対に休めない会議があるから仕事に行かねばならないという。仕方のないことなのだけれど、何だかやりきれなくて何も言えなくなってしまった。

自分が病気になるのもきついけれど、身近な人が苦しそうにしているのを見ているのも、体とはまた別の部分が痛い。ふと触れた背中や肩がいつもよりずっとずっと熱くて、ああこれはかなり熱が高いな、とそれ以上でも以下でもない現実を再認識した。どこまでも生きている。生きているからこその、熱さだ。

窓の外から聞こえてくる秋の虫の鳴き声をぼんやりと耳に入れながら、この文章を書いている。今回のもちょっとした風邪で、何日かでよくなったらいい。大げさだと思われるかもしれないけれど、熱を出す状態が続いたこともあって、大きな病気だったらどうしようと勝手に気を揉んでいる。底の見えない不安の沼に足をとられてしまいそうだ。

ありとあらゆる意味でいつまでも一緒にいられないことを知っているからこそ、健やかにいてほしい。早くよくなりますように。

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09.25

朝、家を出るのと同時に、私よりも先に出た同居人と玄関先で鉢合わせた。出勤するつもりだったが、病院に寄ってそのまま帰ってきたらしい。どう見てもふらふらの状態だったので、家で寝ていてくれた方が幾分か安心だ。

私は私で心療内科で診察を受けたりしていたのだけれど、ひとまず薬をやめてみましょうかという話になって少しほっとした。暫くは様子を見なくてはいけないけれど、また自分のペースを取り戻せたらいい。

いつからかこの時間はいつも窓の外で虫が鳴いていて、不規則に鳴るその音で眠れないなんていうことがよくある。眠りたいのに眠れないというのはまさに生き地獄で、目が慣れてしまってぼんやりと濃度の薄くなった闇の中で何をすることもできずぼうっとただ時間が過ぎるのを待つだけのあの感覚。今日は形のない不安に足をすくわれることなく眠りたい。

「本当のこと」なんて誰にも分からない、誰も知らない。意志だって、感情だって、理性だって、何が「ほんとう」なのかを断ずることなど誰にもできないと思ってしまうのは私の悪い癖だろうか。けれど、私たちの考えることや思うことに間違いも正しいもないんだと、そう思っていないと到底正気で生きてなどいけやしない。

夜が更けていく。

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09.26

自分は自分で思っていたよりもずっと世話焼きなのかもしれない。
冷えピタの交換だの検温だのと何かと理由をつけては相も変わらず胃腸炎で床に伏している同居人の部屋に忍び込んでいる。そろそろ鬱陶しいと思われるラインを越えてしまいそうだ。

同じ家に暮らす人間が体調を崩したとき、向こうも大人なのだから原則別に放っておけばいいのだと思う反面、自分自身が未だに甘ったれなせいで「苦しかろう、心細かろう」と無駄に構ってしまうきらいがあっていけない。病気で気が弱くなっているときは誰かが家にいてくれるだけで嬉しいし、「つらいね」と気に掛けてくれるとほっとする。そういう時のことを思い出して、つい何かしてあげたいなどと思ってしまうのだ。

とはいえ、現実問題、腹が痛い痛いとベッドの上でじっと地蔵のように動かなくなっている肉体に対して私ができることなどほとんどない。「体が思うように動かないのは歯がゆいよねえ」とか声を掛けながら申し訳程度に腹をさするのが限界だ。

体調を崩して高熱を出した彼に対峙するのはこれで三度目だけれど、未だにどこまで気に掛けるべきか距離感に頭を悩ませている。

一度目は、出会ってまだ三、四か月のころ。「私が看病しなきゃ」という自分勝手な義務感に駆り立てられて無駄に張り切ってしまい、後日「何もしてくれなくていい」と真っ向から伝えられて狼狽えた。その言葉は「自分に対して何もしてくれなくていいけれど、その代わりあなたに対しても必要以上には干渉しない」という向こうのスタンスから放たれたものだったが、今考えると道理だなと思う。別に放っておかれたって、風邪なんて数日も寝ていれば自然と治るのだから。

二度目はついこの間で、三度目は現在進行中だ。一緒に暮らし始めると相手の存在が否が応でも自分の生活の一部になるので、買い物に行けばどうしても「ゼリーを買い足しておこうか、スポーツドリンクも買っておこうか」などと考えてしまう。
向こうも向こうで、さすがに近くに物理的に頼れる人間がいれば頼らざるを得ないらしく、私はちょこちょこおつかいを頼まれたりしている。あんまり頼りすぎると罪悪感が募るようだけれど、何を今更、こちらは普段分担している家事をこの数日間すべて一人でこなしているんだぞと思ったりもする。人を頼ったり頼られたりするのって、決して簡単なことじゃない。

反対に、私が寝込んでいる場合にはこちらが頼まなくてもゼリーを買ってきてくれたり労りの言葉を掛けてくれたりする訳であって、やはりそれは私にとってとてもありがたい。当然ながら、「一緒に住んでいるんだからここからここまではやってあげなきゃダメ!」という物差しもなければ「そこまでしてやる必要はない!」という線引きも存在しなくて、結局は当事者たちの間のギブアンドテイクのバランスでしかないのだろう。

散々ちゃんと人を好きになれている自信がないと思っていた自分がこれだけ見返りなど関係なく相手を思いやれるようになっているのだから人生何が起こるか分からない。あまり世話焼きお節介婆のようにならない範囲で、ことあるごとに彼の腹をさすって過ごそう。

本のページに挟まったなんてことはない人生

2019.09.22

「買い取ったトールペイントの本にね、図面を写した薄い紙が挟まっていたの。本当は抜き取らなきゃいけないんだけど、そのままにしちゃった」

そう話してくれたのは、久しぶりに会った前職の先輩だった。彼女は前の職場を退職して、今は古本屋に勤めているのだと聞いた。

本には、持ち主の暮らしぶりや人となり、人生が染みついている。物置の隅に置き去りにされて埃を被っていた本も、本棚の中で眠り続けていた本も、そのページには、文字だけでなくかつてその本をめくっていた人の生活も一緒に記されている。

こういう良さはやっぱり紙の本にしかないよね、と誰かと感覚を共有できるのはとても幸せなことだなと思う。持ち込まれたトールペイントの本に図案を写した紙が挟まっていたこと、彼女がそれをそのまま売り場に陳列したこと、そのすべてがたまらなく愛おしい。

いつか、その本に触れた誰かも、同じように感じてくれたらいい。かつての持ち主の生活を、ほんの一秒でも思ってくれたら。

何の当事者でもない私がこんな風に思うのは滑稽かもしれないけれど、たった一枚の薄い紙に滲んだ顔も名前も知らない誰かの何気ない生活が、少しでも次の誰かの心の隙間に入り込んでくれたらいい。そんなことを祈った午後だった。