社会の窓

元気があれば何でもできる

これからのガチ恋の話をしよう

お久しぶりです。生きています。

体重計には乗っていませんが前回ブログを更新した時よりも確実に数キロ増えている自信があります。限界オタクです。最近髪がまた緑色になりました。

 

今日は少し思うところがあったので、現在の自分の状況を整理するために担当のことについて書きます。

現在自分は某二次元アイドルの担当Pとして生きております。プロデューサーです。プロデューサーが本職なので日々の勤務先は副業です。気持ち的には。

 

端的に言います。

自分は今その担当キャラの中身、即ち某声優さんにほぼガチ恋と言って差し支えない範囲でのめり込んでいる。

 

コンテンツがコンテンツなので(キャラのライブという体で三次元声優がライブをする生き地獄)整理するために書いておくと、二次元のキャラそのものに対しては別にガチ恋ではないです。夢というか、そういう観点よりも「一緒にアイドルとして頑張っていこうな。俺が誰よりも近くで応援してるからな。ああお前は本当に最高のアイドルだよ……」という親のような目線というか(それも気持ち悪いというツッコミありがとうございます)。

そのキャラと付き合いたいといった感情の前にアイドルとして輝かせたいという気持ちが強いので、キャラに対する気持ちは間違いなくガチ恋まではいかない。

今もこれを書きながらずっと担当のソロ曲をリピートしていることについては見逃してください。

 

ただ、問題はその中身(三次元担当)で、最悪な言い方をするとまず顔面が死ぬほど好き。声も好き。歌声も好き。演技も好き。性格も好き。服装……については黙秘しますが、とにかく大好き!!と自信を持って大きな声で言える。

 

普段自分と親交のある人には自分がここまで三次元の人間に関心を持ち肯定するということの異様さや危うさが分かると思うのだけれど、本当に今までの人生でここまで誰か一人の人間のことを好きになったことがない。

それはもちろん生身の生活での関わりがないから綺麗なものを綺麗なものとして愛でているに過ぎないのだけれども、そういう所謂芸能人的な存在に関しても基本が貶し愛から入る人間なので、ここまで純粋かつ素直に「好きだ……」と思ってしまうことに対する戸惑いがまずいレベルになってきたというのが本音。

 

だって現状非の打ち所がないのだから、このままでは嫌いになれるはずがない。離れられるはずがない。何か致命的な出来事(結婚報告とか)がない限りこの気持ちは終われないのではないかとすら考える。

 

この際今の自分の感情がガチ恋なのか否かはあまり関係がないというか、「担当声優にのめり込んでいる」という現状を見直すことが目的なので、そのあたりの言葉の定義などについては割愛します。

あと、今回は「担当」というワードは基本的に二次元担当と三次元担当の両方を指すものとして捉えてください。

 

まず、毎日の生活の中心が担当。

コンテンツ内での二次元担当の活躍も嬉しいし、三次元担当のコンテンツ外の活躍も当然嬉しい。

 

ただ、三次元担当は二次元担当と違いかなり厄介である、ということはここでしっかりと明言しておきたい。

幸か不幸か色々なツテで三次元担当の出演作を見に行けることになったり、まだ爆発的に売れている訳ではないから出るイベントも選びはすれど追い切れてしまう。

三次元の担当は二次元の担当と違って生きている。生きているので、新たな出演作のお知らせが舞い込んでくるし、今メインで応援しているコンテンツもこれからもっと大きくなっていく。次のライブも決定して、そのチケットを取るためにはCDを何枚買えばいいか頭を悩ませたり。忘れさせてくれないのだ。自分から離れていかない限りは。

 

改めて、自分の状況を見つめなおしてみようと思う。

あとひと月で23になる。日々の楽しみは担当の活躍を見ること、応援すること、コンテンツの更新を追いかけること。Twitterに上げられる三次元担当の写真を舐めるように見てにやけること。

こうして文字として羅列するとさすがに自分でも少しばかり悲しくなる。

 

もちろん担当を応援しているときはとても充実した気持ちになるし、楽しいからやっている。自分の場合二次元に課金することには抵抗がないので、二次元担当を応援したり二次元担当のグッズを買うことに対してはそこまで後ろ向きな気持ちになることはない。

ただ、三次元となるとちょっと曇る。というか、曇らざるを得ない出来事があった関係で、今少しふと冷静になっている。

 

当たり前のことだけれど、二次元担当は二次元の存在。そこの分別はあるので、特に好きすぎて気が狂いそう!!とはならない(よく口にはしていますが……)。

くどい繰り返しになりますがもう一度言わせて欲しい。三次元の担当は生きている限り新たな情報が提供されてしまう。自ら距離を置かない限りどこまで追いかけてくる。メンヘラかよ……いやメンヘラはこっちだよ……という状態が恒常化する。

 

何だかんだ言いつつ、恐らく何か決定的な出来事……あまり引き合いには出したくないがカレピッピが出来てそっちに投資するようになるとか、より夢中になれる趣味を見つけるとか、そういうトリガーがないと今のコンテンツからは離れられないというのが所見で、結局のところはコンテンツも担当の出てるゲームも担当自体のことも好きなのだ。そういう意味では「離れる気がない」と言える。

 

とは言えこのままでは三次元担当に人生を狂わされてしまう!!!!!二次元担当にならまだいいけど三次元担当に狂わされるのは本当にしんどい!!!!!!!!でも三次元担当は生きているのでこの先何かがまかり間違って認知して貰えることも起こるかもしれない!!!!!!!!特に自分は一応その手の業界にいるので自分の何かしらのアクション次第では本当に仕事上で繋がれてしまうかもしれない!!!!!!!!!!!!!

 

……などなど考え始めるとキリがない。そもそもそんなことを考えてしまう時点でどうしようもないレベルまで来ているのだけれども。

 

認知の話は長くなるので今回は簡単に書きますが、自分はどちらかというと認知されたい派です。認知されたいというか、自分個人としての感謝の気持ちを受け取って欲しいタイプ。そして更に同担拒否のきらいもあります。間違いなく「私の世界で一番担当を好きなのは私♡」を地で行くキモオタです。ま、マジで救えねえ……。

 

ただやっぱり思うのです。

私はこのまま三次元担当を応援し、決して小額ではない投資をし、いつかは認知して貰えるかもしれないという儚い夢を見ながらクソ長くて気持ち悪い文面の手紙(しかも本名で出す気満々)をしたため、その先に何があるのかと……。

 

仮に認知されたとして、その先も特に何があるという訳では無いですからね。仮にひととき言葉を交わしたところで互いの人生が交わる訳でもないし……。

ちなみに現在の私の死ぬほどビッグな夢は三次元担当に仕事を与える側になって酒を飲み交わすことです。本当に反省しろ。

 

という訳で色々と思うところを書いてきましたが、まとめます。結論として、やっぱりまだまだ自分は二次元担当とコンテンツのことが好きなんですよね。そして三次元担当に関しては複雑な感情を抱きつつも目指す場所みたいになってしまっている。

 

正直に言って、この感情が「ガチ恋」という言葉で定義されるものなのかは自分にも分かりません。だって好意に定義はないから……好きだと思ったらそれが全てだから……。

と、流石にそこまでは言わないまでも、理屈で説明できない部分まで来てるなとは思います。それこそこれ以上は「お前金払えば三次元担当と2時間何でもできるって言われたらどうすんの?」と言われた時にどう答えるかみたいな話になってくると思うし……。

というかこの辺りは同じような気持ちの方に是非聞いてみたい。2時間楽しく一緒にご飯を食べたいのか、ただひたすら感謝の気持ちを伝えるのか、カラオケに行って好きな曲を歌ってもらうのかとか……。もちろんそれ以上を望む人もいるだろうし。

 

お前3000字も使って何が言いたいの?と言われたらそれまでですが、つまり結局こういうことです。

 

このまま三次元担当に悩まされるのはつらい、でも離れられないし楽しいから三次元担当の応援はするし歌も聞く、そしてさらにつらい(以下無限ループ)

もうどうにもできなくないですか?どうしたらいい?どうしたら三次元担当のこと好きでいるのやめられる?

やめられないです〜〜だって顔面も声も歌声も演技も性格も好きだもん〜〜〜〜!!!!!!!!間違いなく人生で出会ったホモ・サピエンスの中で全種目金メダルだもん〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!

 

不毛だ……。どんだけ考えてもね、辞める気ないんですよね、最終的には。

そして多分あと数年後にまた全く同じことを言い出して、今度は「アラサーだから本当にまずい」とか言い出すんですよね。懲りないオタクだから。なんだかんだ言いつつ三次元担当が大好きだから。

 

でもやっぱり三次元担当を追うの、心がしんどいな……。

そして私はまたライブDVDをプレーヤーにセットする。

 

 

 

 

深夜に担当アイドルのソロ聞いたら泣いた

タイトルの通りです。

生存確認の近況報告として書いておこうと思うんですが、昨日の夜1時過ぎ、フラゲした担当アイドル(二次元)のソロ曲で泣きました。

 

その曲の歌詞の詳しい内容などを語るとただただ私がキモいだけなので割愛しますが、「布団に入って寝る前に聞こ〜」と軽い気持ちで思っていた担当のソロは本気もん(マジもん)のメンタルクラッシュダイナマイトだった。

 

正直歌詞カードを読んだ段階で「あっこれはちょっとまずいかもな〜」と思っていたんですが、実際に聞いたらもうほんとなんかみるみるうちに脳内のすべての言葉が溶けるわ溶けるわ。

 

タントウ ソロ スゴイ

オレ イッショウ プロデュース スル

 

みたいな感じで、いやほんと何ひとつ面白くなくて申し訳ないんですけど、一瞬にしてバイオゴリラ化して、あとはもうひたすら泣きました。

 

深夜1時過ぎに真っ暗な部屋の中で二次元アイドルの歌唱を聞いて22歳の女が一人で泣いてるの、わりと地獄絵図じゃないですか?

前世でよっぽどヤバい罪を犯したとしか思えないんですよね。

 

最近ほんと妖怪ウォッチ1話で泣いたり仕事中に難病の猫の闘病記読んで本気で泣いて目薬さして誤魔化したりしてたので自分の涙腺が相当ガバガバになってた自信はあったんですけど、まさか担当アイドルのソロ曲聞いて泣くとか思ってないから自分でもゴリゴリに驚いてほんと「は?」と思いました。

 

直近のキモオタの活動予定としては、あと何ヶ月かするとその担当アイドルが3Dで歌って踊るアプリが出るので多分その映像でも泣きます。

 

どうでもいいですが最近は会社でホモ書く仕事してるのでよかったらどうにかこうにかして読んでね。

 

あと最近またキャッチに声掛けられるようになりました。シェフの気まぐれサラダみたいな匙加減で人に声を掛けるな。

 

 

 

 

 

最近言葉を投げてくる年若い異性がホストクラブのキャッチしかいない

初めてブログというものを自分で使い始めたのは小学5年生くらいの頃だった。楽天ブログである(今でもあるのか?)。当時既に学校から帰宅したら即オンゲという生活を送っていたものの、クラスには男女問わずそれなりに親しい友人がいて、彼らが自分のブログの購読者だった。

さて何を書いていたのかと言うと、今考えてみると本当にどうかしていたとしか思えないクソポエムとか、PS(決してPS2ではない)のゲームソフトの紹介記事だとか、そういうもうやめてくれと言いたくなるようなものばかりだったと思う。当時から10年ほど経過した今、恥ずかしさで世田谷に三軒は家が建つ。

 

そこからどんどん悲しみのオタクへと成長し、中学2年生くらいの頃には引っ越し先のブログで二次創作BLなどを書いていた。次の住処は天下のFC2。楽天ブログのデザインのダサさから解き放たれ、サイドメニューにMP3プレイヤーなんか置いてエルレの「虹」を流したり、痛さ絶好調なブログライフを送っていた。主な購読者はネット上の友達数名と三次元の友達約1名。広い世界を知らず「RAD最高!w」と言いながらスクールバッグにアニメグッズをつけていた、人生の暗黒時代である。オンゲのギルドのHPを一から作ったりしてたのもこの頃かな…いや、あれは小学生の頃だったかもしれない。もっとどうしようもねえな。

その後段々と自我が生まれ、よりデザインなどの自由度が高いjugemへ拠点を移す。大体2009年頃、その頃はまだアニメ化など夢のまた夢というジャンルだった時代の黒子のバスケの二次創作を書いていた(信じられるか、その当時はまだキセキが青峰までしか本誌に登場していなかったんだぜ…)。ブログライフの中で一番HTMLをいじってたのが多分この頃で、回り回ってその経験が今でも多少役に立っているので人生は本当に積み重ねですね。

 

そして高校生になり、毎日リア充のど真ん中で生活する日々を送ることになったので自然とブログを触る機会も減り、そうこうしているうちに世紀の発明が誕生する。Twitterである。

それでも当時はまだ個人ブログとかHPのサブ機能として使っている人がいるくらいで、今ほど普及はしていなかったと思うし、何より一般人はほとんどやっていなかったような気がする。この辺りはPixivの誕生と個人サイトの衰退とかとちょうど時期的に被っていると思うんだけど、この辺りでオタクはどんどん手軽なツールに流れていったんだと思う。この現象について考えるときは大体悲しい気持ちというか何だかなあという気持ちになります。キリ番とか好きだったな。ドキドキしながら好きなサークルさんにweb拍手送ったりとかね。これ分かる人いるのかな…。

 

自分自身がTwitter依存症なので現在の状況についてあーだこーだと言うことはできないのだが、ネットの普及で面白い動画とかかわいい画像とかバクモエのホモとかそういうものがどんどん消費されるものに変わっていって、そこにはもう明確な輪郭を持った「個」はないというか、見る側がそんなものを意識すらしていないようになった。ネットリテラシーとかそういう小難しい話は自分よりももっと上手に話せる人がいると思うのでそこら辺の倫理観に関する話は避けるが、何が言いたいかって言うと、やっぱり7〜8年前くらいまでの文化はそれはそれで良かったってことです。「それが」良かったじゃなくて、「それはそれで」良かった。その衰退してしまった選択肢自体が見えないもの、イレギュラーなものとして扱われがちなのは悲しい。

 

というわけで、そういう気持ちも相まって、今は某所で個人サイトとまではいかずとももう少しどうにか「個」に着目できないかなと考えながらとあるサービスを企画したりしています。考案したものが世に出るまでには本当にたくさんの人に助けてもらって、そうしてやっと少しずつですが人に見てもらえるようになって。まあ毎日社会人やめてえなと思ってはいるけど…。

 

以上、かなり回り道な近況報告でした。

そういえばタイトルについて、ここ数日はキャッチすら声掛けてこないようになった。

明日は発酵しかけのサングリアを持ってラバーガールの家に突撃するぞ。