本のページに挟まったなんてことはない人生

2019.09.22

「買い取ったトールペイントの本にね、図面を写した薄い紙が挟まっていたの。本当は抜き取らなきゃいけないんだけど、そのままにしちゃった」

そう話してくれたのは、久しぶりに会った前職の先輩だった。彼女は前の職場を退職して、今は古本屋に勤めているのだと聞いた。

本には、持ち主の暮らしぶりや人となり、人生が染みついている。物置の隅に置き去りにされて埃を被っていた本も、本棚の中で眠り続けていた本も、そのページには、文字だけでなくかつてその本をめくっていた人の生活も一緒に記されている。

こういう良さはやっぱり紙の本にしかないよね、と誰かと感覚を共有できるのはとても幸せなことだなと思う。持ち込まれたトールペイントの本に図案を写した紙が挟まっていたこと、彼女がそれをそのまま売り場に陳列したこと、そのすべてがたまらなく愛おしい。

いつか、その本に触れた誰かも、同じように感じてくれたらいい。かつての持ち主の生活を、ほんの一秒でも思ってくれたら。

何の当事者でもない私がこんな風に思うのは滑稽かもしれないけれど、たった一枚の薄い紙に滲んだ顔も名前も知らない誰かの何気ない生活が、少しでも次の誰かの心の隙間に入り込んでくれたらいい。そんなことを祈った午後だった。