頼むから誰か2018年8月16日に渋谷で私が一体何をしていたのか教えてくれ

太古の昔より言われていることだが、人の記憶とは非常に儚いものである。かく言う私も、現在進行でその格率を身を以て体感している。

 

2018年8月16日の予定が思い出せない。

 

たった2ヶ月半前のことだろうに、と思うかもしれない。しかし、本当に綺麗さっぱり手掛かりのひとつも思い出せないのだ。

思い出せない、というのは非常に気持ちが悪く、そして何だか急に心細い心持ちになる。たった2ヶ月半前のことが微塵も思い出せない。どこで何をしていたのか、見当もつかない。まだ四半世紀も生きていないのに。まだぼけるには早すぎる。私はふう、と息を吐いた。

 

この違和感に気付いたのは、ふと手帳のページを捲っている時だった。スケジュール管理に関しては依然としてアナログ主義を貫いている私は、普段から仕事やプライベートの予定を全て一冊の手帳に書き込んでいる。(一緒くたになってしまい分からなくなるといけないので、仕事は青、プライベートは赤といった具合に色を分けることで差別化している)

仕事中、ふと何かのきっかけで6月以降の予定をざっと見直している時に事件は起きた。8月16日(木)の欄に『20:00 渋谷』とだけ書かれた予定が鎮座しているのだが、これが一体何の予定だったかまっっっっっったく思い出せないのである。

 

f:id:ynynmsms:20181031192814j:image

ソシャゲのカードトレードの予定も書き込んでいるのでなかなか混沌としている。決して清澄九郎くんと食事に行った訳ではない


書き込んでいるペンの色は赤。であれば仕事関係の予定ではない。ちなみに、その日は18時まで社外での仕事があり外出していたのだが、タイムカードを確認したところ退社時刻は19:30になっていた。この時点で、すぐにおかしいなと思った。職場のある駅から渋谷までは、オフィスから最寄り駅までの道のりなどを全て含めると正直30分では心もとない。時間内に辿り着けないことはないが、目的地が渋谷駅から少しでも離れていたらアウトである。であれば、人との待ち合わせではなく何か自分の買い物などの予定だったのだろうか……?

 

しかし、ここでひとつ問題がある。これは恐らく手帳を使用している人であれば誰しもにある傾向だと思うのだが、私は手帳に予定を書き込む際にはある一定のルールに基づいて行なうようにしている。

例えば、『12:00 美容院』『19:00 皮膚科』と言った具合に、行き先がはっきりしている場合には必ず地名ではなく施設の名前や店名、食事であれば食べるものなどを書くようにしている。なので、基本的には誰かとの食事の予定の場合でも、『19:00 ○○(店の名前)』とか『20:00 新宿 焼肉』と記載することがほとんどである。例外として、一人暮らしの友人の家にお邪魔する時だけは、『13:00 ○○(地名)』と書くことが多いのだが、この場合の地名は一般的な地名というよりも固有名詞のそれに近い。(地名=その友達の住んでいるマンションといった意味合いだ)(この解説はいらなかったかもしれない)


これは余談だが、そもそも何故こういうルールになっているかというと、私は手帳に誰かの名前を書くことに抵抗があるのである。もちろんその相手のことを嫌いとかそういうことは全くない。更に言うと、普段から一緒に食事に行く相手なんて3人いるかいないかくらいなので(こうして文字として改めて書くとどこか悲しいような)、あまり特定の人名を書き込まずとも困らないのだ。いや、今まさにその自分ルールのせいで困っている訳だが。


ともあれ、前述の通り、『20:00 渋谷』という文脈は私の手帳の中ではそれなりにイレギュラーなのである。

つまり、そもそもこの予定がどういう類のものだったかを導き出すための手掛かりが少なすぎるのだ。分かることと言えば、病院関係ではないということくらいか。


私は考えた。20時に渋谷に行かなくてはならないにもかかわらず19時半まで会社に残っていたということは、誰かとの待ち合わせという線は薄い気がする。現にLINEの検索窓に「残業」「渋谷」「20時」など思いつく限りのワードをブチ込み、よく会っている人々(繰り返すが3人いるかいないかだった)とのトーク履歴をすべからく確認したが、それらしい情報を得ることはできなかった。8月16日20時以降、誰かと食事したという可能性は一度除外しても問題ないだろう。


となると、考えられる選択肢としては「買い物」「映画」くらいのものなのだが、正直なところ両方ともピンと来ない。買い物に行く場合も『20:00 ルミネ』という風に店の名前や買う物を一緒に書くことが殆どだし、仕事帰りに当てもなく渋谷に買い物しに行くほどエネルギッシュな会社員ではない。映画もわざわざ渋谷まで見に行くことはないだろう。何故なら職場近くの映画館の会員になっており、セコい私は基本的にその系列店でしか映画を見ないからだ。実際、鑑賞した映画を記録しているアプリ(Filmarks、めちゃくちゃ便利)を見ても該当の日付に何かを見たという記録は残っていない。


残る可能性としては転職の面接だろうか。ただ、これも確度は低い。理由は先述した通りで、20時から渋谷で面接なら絶対に私の性格上絶対に19時半まで残業などしないからだ。私は変なところで心配性の人格を顕現させてしまう性質なので、取引先への営業や面接の場合大体20分前くらいにはその会社の前にいる。これはこれで迷惑なのだが、どうにも程よい時間に行くということができないのだ。ちなみに仲の良い相手との待ち合わせには平気で15分くらい遅れる。体内時計の設計がバグってるのか? 反省します。


しかし困った。こうなると本当に真相は藪の中だ。私は一体2018年8月16日20時に渋谷で何をしていたのか。いや待て、そもそも私は本当に渋谷にいたのだろうか――? 疑念が疑念を呼び、私はすっかり途方に暮れていた。

何か、何か当日の行動が分かるような手掛かりはないだろうか……。そう必死に考えた末(マジで1時間くらいずっとこの件について唸っていた)(そして仕事中である)、唐突に解決の糸口を思いついた。


モバイルSuicaの利用履歴、どうなってるだろう。


そこからは早かった。私は8月16日当日の乗車履歴を確認すべく、モバイルSuicaのログインページに飛んだ。ダイアログボックスにメールアドレスとパスワードと画像認証の訳の分からない文字列を打ち込む。どうしてか弾かれる。これを5、6回繰り返し、ようやくログインに成功。何度も弾かれたのは特に必要もないのにパスワードに大文字を混入させていたことが原因だった。弾かれる度に「kq7h3l」みたいな妙に判別のつきづらいアルファベットの羅列を何度も打ち込むことになり、今日イチのストレス瞬間最大風速を記録した。これ以上俺を苦しめないでくれ。


急ぎ履歴を見る。もし当日に渋谷で乗り降りしているのであれば、下記のように表示されるはずだ。

 

f:id:ynynmsms:20181031192904p:image

それにしても残高31円はひどい。こんなことでは公共交通機関の蔓延る大都会を生き抜けない


では、8月16日は一体どうなっているのだろうか。私は本当に渋谷にいたのか――?


f:id:ynynmsms:20181031192917p:image


どうやらいなかったらしい。そんなことってある?

普通に自宅近くのバス停からバスに乗り、出社し、バスに乗って帰っているようだった。帰りくらい歩きなさいよ。(ちなみに私は定期をPASMO、それ以外をモバスイで利用しているので最寄駅から会社までの乗降は記録されていない。どうでもいいね)

たまにモバスイのチャージが面倒な時に定期の方の余った運賃で定期圏外の路線に乗ることもあるのだが、この日はモバスイに1000円をチャージしていることを見るに、わざわざPASMOの方を使うこともしていないと見て良いだろう。


ということは何だ、私は虚無の予定についてこの1時間頭を悩ませていたということなのか。そうなんだな。もうどうにでもしてくれ。そんな気持ちだった。

暫くは虚構の街こと渋谷で飲むのは控えようと思った。きっとこの出来事を思い出してちょっぴり悲しい気持ちになってしまうからだ。


しかしこうなってくるとまた新たな命題が浮かび上がってくる。実際に渋谷に行ったか行かないかはどうであれ、この日一体私は渋谷で何をしようとしていたんだろうか……? 疑問は尽きない。何故なら人はみな考える葦だから。


結局のところ気になって気になって仕方がないので、頼むから誰かマジで2018年8月16日に渋谷で私が一体何をしようとしていたのか教えてくれ。